決して高くないハードルを超えた先に…。

オレの心が勝手に設定したハードルがある。
ハードルっつぅんだから、
超えるのに何らかのエネルギーが必要だ。

いつものように遅刻気味の通勤。
駅までせわしなく自転車をこぐオレ。
通勤ラッシュで交通量の多くなった、
旧国道沿いの歩道を走る。

ふと車道に目をやると。
黄色い何かがそこに。
認識しつつもスルー。
視線は進行方向に戻され。
残像を頭の中で再生。

あれは何だ?

いや、答えはもう分かっているはずだ。

そう、気付いている。
あれは園児の帽子だ。

持ち主の子供は帽子をなくして
悲しんでいるに違いない。

しかしこちらも会社に遅刻するかしないかの瀬戸際。
かまっているヒマはない。
どことなく収まりの悪い、気恥ずかしさもあるし…。

…といつものようにビジネスライクに判断をくだそうとしたその瞬間、
何かが自分を動かした。
自転車を歩道の脇に寄せ、
車道を走り抜ける車の流れが途絶えるのを待つ。
そして帽子を拾いあげて歩道に戻る。
幸い車のタイヤに踏みつぶされた形跡はない。

形を整え、汚れを払う。
ピンバッチが飾られた帽子。
持ち主の愛着を感じた。

さて。

この落とし物をどうするか?
最寄りの駅に届けるか、
道端のフェンスに引っ掛けておくか…。

辺りを見回したその時、
行き交う車の音に混じり、誰かが叫ぶ声、が耳に届く。

顔をあげて道の反対側に目をやると、
水色のスモッグを着た園児と、その母親らしき2人が
こちらに向かって手を振っている。

『お〜い!』

どうやらこの帽子はすぐに持ち主の元へと戻ることができるようだ。

はやる気持ちで横断歩道を渡りかける。
が、まだ交差する車道の信号は黄色。
ここで早く帽子を渡そうと、歩道を渡るのは
大人としては少しはしたない。

信号が青に変わるのを待って、渡り始めると
向かい側からも親子が渡ってきて、
歩道の真ん中で帽子を手渡す。

大きな声で『ありがとう!』とその園児は言った。
オレは、行ってらっしゃい!と返す。

朝からとても清々しい。
帰ってこの清々しい気持ちを話そう。

超えてみるとハードルなんて低いものだ。

しかも、その向こうにこんな清々しさがあるなんて。